いつくしむ 6.5

「一つ聞きたい。お前と、彼女が一緒になった時の、社会の反応をどう思う」

「・・・祝福されるかどうか、とか、そういう事ですか?」

「いいや?対等に見られると思うか」

「・・・考えは、人それぞれじゃないですか」

「あとは彼女が、お前と対等に思うかは、どう思う」

「どうでしょう。オレが先輩、ですから。彼女がオレも含め、彼女の先輩だけでなく後輩も含め、仕事において、琴南さんやマリアちゃんなどの友人以外、丁寧さを欠いたことも一線を越えたことも見たことがありません」

「先輩、なる肩書を取り除いて、全体から見たら、つり合いが取れていると感じるかどうか。つり合いがイコールではないと世間が取るなら、彼女の力不足だとあの子は受け取るだろう。それを糧にできる力はあの子にはあるが、お前がそれを分かってやらなかったら、しばらくしたらあの子はお前に別れを告げるだろう」

「なぜです・・・?オレが彼女に惚れているんです。世間は関係ない。オレたちの問題なのに。でも仕事としてあえて世間に言う必要があるなら、オレたちを見た時、英嗣と佐保が、現実世界でも一緒にいて幸せである事を世間が望むように仕事を・・・するだけです」

蓮には社長の意図は全く分からない。

全く感情の読めない視線が互いに交わる。

「お前、ウチのモンで、人気俳優と恋愛をした女の子たちの話の顛末を聞いたことは無いか」

「うちの所属だけではありませんが、色々な所で付き合っているらしい、というような話は誰かが口にすれば耳にしますが、その詳細や顛末は聞きませんね」

「興味が無いのは知っているが、社に聞いてみるのも悪くはない。世間がどう反応し、世間にどう潰されたか。その後の男と女がどうなったか。その後のマネージャーがどう対処したか。勿論、いいケースもそうでないケースも、最悪のケースも色々ある。万が一お前があの子を得ることが出来たとして、どんなに愛していても、それでもお前が潰れる事も、お前があの子を潰す可能性もある」

「潰されるような子、ですかね?」

「恋愛したての頃は誰もがそう思う。互いに好きなら、何も問題が無い、と。でも今のお前にあの子の本当の気持ちが見えているとは思えない。付き合おうがそうでなかろうが。お前は今あの子が何を思ってオレに電話かけてきているか全く分からないんだろ」

「・・・・」

蓮は押し黙った。

分かっていたら今ここに相談には来ていないのではないのか。

キョーコは一筋縄ではいかないから、どんなに口説いても、どんなに軽く手を出しても、何も通じない。

そういう子なのだと。

だから、覚悟が必要なのではないかと思ったのだった。
 

いつも傍にいた。
いつでも一番支えたつもりでいた。
互いに、味方、だと思っていた。
彼女もそう言った。

でも、彼女の本当の気持ちは、何も、分かっていないのかもしれない。

いつも、仕事を前に、自分の気持ちをぶつけてきたから。

彼女の気持ちを聞いたことは無い。

本当は何を言いたかったのか、聞くことが出来たのは、ほとんどが久遠の姿だった時と、彼女がコーンの話をしている時くらい。

敦賀蓮には、本当の姿を見せない。

なぜ、と聞いても、昨日も答えなかった。

いつも、聞いてはいけない事なのかとあえて聞かない事が彼女への愛情の表現なのだと思った。

でも、そうではないのだろうか。

実はそんなに上辺だけの付き合いだったのだろうか。

蓮はひどくショックを受けた。


「・・・別に反対をしている訳じゃない。時期尚早だと言っているのでもない。結婚を前提にしろと言っているのでもない」

蓮が珍しく久しぶりにナーバスな顔をしているのを見て、社長は仕方なく、少しだけフォローを入れた。

蓮の目は確かに誰かを愛する覚悟を決めた顔をしている。

でもそれが、独りよがりで自分勝手な気持ちだけなのではないのか、それを確かめたかっただけだ。

恋愛は相手とするものであって、自分一人ですべてを解決するような「問題」ではない。

「結婚を前提にでも別に構いません。オレは彼女しか欲しくない。あの子しか、いないんです。もしあの子が他の男と愛し合うのかと思うだけで、相手を殺しかねないような気がします・・・どんなに世界中を探しても、あの子に代わる子はいないんです」

蓮は半ばすがるように社長に言った。

子どもか、と、社長は思った。

「お前なあ・・・あの子の気持ちなんぞ全然考えてないだろう。あの子に好きな相手がいたらどうするんだ」

「そんな、ことは・・・」

無いとは言えない。

他の男とキョーコが何かあったなら。

だから、自分には何も話してくれなくなったのかもしれない。

もし、あの子に好きな男がいたなら。

自分はどうなるだろう?

英嗣のような半ば安心感も同時に伴った独占欲や渇望とは比にならない。
 
ひどく戸惑う蓮を見て、社長は、ある一つの事を決めた。

口説いて困ったことが無い、というのは、想像すらしない。いや、想像できないのかもしれない。成功体験しかないのも問題があるのではないか。持って生まれた容姿と血と蓮自身の無自覚なフェミニストな言葉や態度だけで今まで恋愛の全てを乗り切れてしまったのだから。


想像力の欠如は俳優にとって一番の痛手だと蓮は痛いほど知っているはずなのに、こと恋愛になると、まだまだ全く想像すらしていない。キョーコのそばに居て優しくしてさえすれば、いつかは自分の手の中に入ると思い込んでいる。


「お前ももう二十五だろ、別に止めはしない・・・が、お前、なんだってここまでこれだけ我慢してきて、今こんなに我慢できないんだ」

「さあ分かりません。英嗣の影響はあるんでしょう。あの子に、あんなに、好きだと、愛しているという目を向けられて触れられると、慣れていないせいで、何も止められなくなるんですよ」

「それは佐保の視線だとは思わないのか」

「佐保、なんでしょうね。英嗣自身も長い事待ってますけど、オレも5年も待っているので、時々我慢が出来なくなる。父親が見ていない所で約束を破っては佐保の温度を補充するんで、そこに甘えているというのもありますが。あの子があんな目をすると、思わなかったので・・・」

蓮はキョーコのする英嗣を思ってする表情を思い出して、大きく息を吐きだした。

「そうだな」

「・・・・それに英嗣は、子供の頃から何百回でも佐保に愛していると言って、困惑する佐保を徐々に得るので、オレも何度でもあの子に愛していると言ってみようかと思います」

「あの子は英嗣だと思うだろうな」

「・・・・そうですかね」

「かわいそうに。そうして仕事には一切手を抜かないお前に勘違いして惚れた女優がどれだけいたか。お前は仕事だったのに、相手は現実と区別がつかなくなる。何人に好きだ付き合って欲しいと告白されたか数え切れねえんだろ」

「申し訳ないなとは思うんですけど・・・」

「・・・だから、最上君が可哀想だと言ってるんだ。あの子はそれを知ってる。だから尊敬する敦賀蓮、お前の前で懸命に、京子として仕事をしている。褒めて欲しくて、認めて欲しくて、最上キョーコを押し殺して。だからお前が口づけたって佐保のためなら我慢する。自分の気持ちを押し殺して。・・・ま、あの子の気持ちを一番に聞いてやるんだな。もしあの子に他に好きな男がいたらお前はどうする?そうだとしたらお前はストーカーか嫌がらせかセクハラを続ける先輩の一人になるだろう」

蓮はそう言われて、視線をコーヒーカップに落とした。

「彼女には、実はもう、そこまで、呆れられ、嫌われて、しまったんですかね・・・」

「さあな」

社長は、蓮の引き出しを増やすためだけに、色々言ってみているだけだ。

蓮はもう大人なのだから、好きに選択すればいいと思っている。

蓮が結婚しようがしまいが、もう国内では好きな仕事ができるだろう。

キョーコだって幸せになる権利を持っている。

できればこのほとんど世に出られないこの世界で名前を残したのだから、このまま俳優を続けては欲しいが、それを続けようが、個人としての幸せを追求して引退しようが、それはキョーコの意志だと思う。

商品としてのキョーコが何か価値が落ちるとは思えない。

蓮もキョーコも寧ろ共にいた方が時々不安定な二人にとって、互いに最強の武器にも盾にもなるのではないかと思う。

その関係がどこまで続くかどうかも、二人にかかっている。

ただ、蓮は付き合った後に振られたことがあっても、好きだと言って、得ることが出来なかった経験は、今回のキョーコが初めてなのだから、大いに片思いの切なさを味わってもらえばいいというのも思った。

全てが仕事のため。

いつか蓮が、片思いをしたり実らなかったりする役をやる日もあるだろう。

その日のために。

「待たせてんだろ」

「はい」

時計はもう一時間を過ぎようとしている。

ラブミー部室で、他の仕事の台詞をさらうと言っていた。

ありがとうございました、と、言いながら蓮は立ち上がる。

「また来い。いくらでも聞いてやる」

「・・・はい」

会釈をして蓮は部屋を出ていく。

新たな葉巻を手にすると、それは側仕えによってすぐに火をつけられた。

大きく煙を吐き出す。

「猛烈に惚れてしまった男の弱さ、なんだろうが、蓮があれだけのめりこむほど骨抜きにされるとは、あの子は一体今まで何を蓮にしてきたんだろうな?それに蓮だけじゃない。あの子を本気で好きだという大勢の一流の男たちは、あの子の中の何を見たんだろうか・・・・・・・」


「・・・・・」


独り言のように言った社長の言葉に一切返事はなかった。





そして社長は思い立ち、おもむろに携帯電話を取り上げて、キョーコに電話をかけた。
 











2019.2.15